せんせい。
2005年 11月 02日
小中と九年間お琴を習っていた先生が去年の五月に亡くなり、久しぶりにお仏壇に手を合わせてきた。
先生はお琴に水墨、お花、お茶の師範で、看護士と保険婦、助産婦でもあった。でもどれも家元とケンカして、絶縁だったみたい。妻ある人との間に子供ができて、一人で娘さんを育てた。昔のことは先生本人から聴いた話じゃない。昔の人がよくする苦労話とか自慢トーク、他の派や先生の悪口は一切しない人だった。
気が強くて背筋がいつもピンとしてて、だけど優しくて孫みたいにかわいがってもらった。先生に会ってなければ、しかも感受性豊かな時期に、私の人生を左右する大きな人。越えられないっつうか器が違う。
今でも迷うときはピシャリと言う先生の言葉が聴きたくなる。
先生に顔見せできない生き方はできないなあ‥‥。がんばろ。
先生はお琴に水墨、お花、お茶の師範で、看護士と保険婦、助産婦でもあった。でもどれも家元とケンカして、絶縁だったみたい。妻ある人との間に子供ができて、一人で娘さんを育てた。昔のことは先生本人から聴いた話じゃない。昔の人がよくする苦労話とか自慢トーク、他の派や先生の悪口は一切しない人だった。
気が強くて背筋がいつもピンとしてて、だけど優しくて孫みたいにかわいがってもらった。先生に会ってなければ、しかも感受性豊かな時期に、私の人生を左右する大きな人。越えられないっつうか器が違う。
今でも迷うときはピシャリと言う先生の言葉が聴きたくなる。
先生に顔見せできない生き方はできないなあ‥‥。がんばろ。
by go-go-5s
| 2005-11-02 22:50