主にひとりごと。 ふとしたとき、人知れず本音吐き出してます。 形容詞多め。


by go-go-5s
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ゴスペラーズ。

少し前から生活のメインになっとるわけで‥。前はそんなに好きじゃなかったっていうか、むしろ嫌いだったかもなあ。お兄ちゃんの影響?で、テイ・トウワとか坂本龍一、Jazztronik、大好きなのはFreeTEMPO♪な自分。インディーだけどさ〜
人間の歌声が主で、音楽はそれについてくるオマケ的なのばっかりで、聴いてると歌詞とかその意味に気を取られて、あんまり私的に面白くない音楽ばっかり。う〜ん、疲れる。
FreeTEMPOを初めて聴いた時、洗練されてて、人間の手からもこんな綺麗な音楽が紡ぎ出せるんだ〜と思った。ほんと感動して、半沢さんの作り出す世界は、機械的で人間臭さがない感じがする。こう言ってしまうと冷たいけれど、でも聴いていると踊りたくなるねー。それはテクノとかハウスとかジャンルにとらわれないで、色んな楽器や音源、人の声を取り入れて、抜群にミックスしてるとこにあるのかな、と思う。音楽好きで色んな音楽を聴いてきて、それを自分の中で噛み砕いてできた究極の音って感じ。いつか半沢さんの回すラウンジで踊ってみたいなあ☆

んでゴスペラーズなのね‥。「ヴォーカルグループ」だから人間の声がまずあって、今まで聴いてきた音楽とは全然違う。けど、人間の声だけでここまでできるんだ!感があって、そこに驚嘆した私はズボズボッとはまっていった。ゴスは日本のヴォーカルグループの草分け的な存在で、ものすごく聴いていて新鮮。機械っていうのを使ってまた新境地に達してる。デビュー当初からライヴ中心に活動してきたってこともあり、エンターティナーとしても素晴らしい!抜群の歌唱力としゃべれる!踊れる!&みんな頭イイ!今日本の中では群を抜いとりますな(笑)SoulとかR&B、ブラックミュージックの歴史にも長けてて、実力を裏打ちしてるし。
で、北山さんなのね‥。低い声ってステキですわ〜☆高音も出ちゃったりするとこがさらに。最近、益々いい声になってきてるし。歌うために鶏肉しか食べないとか酒は飲まなかったり、ストイックなとこが魅かれます。しかもスゲー頭脳明晰。英語堪能。絶対音感。(四字熟語パレード?)そしてとっても紳士的。
歌手になってなかったら学者になってたとか‥。宇宙やら自然科学をムツカシイ言葉満載で話すわけだ〜勉強熱心なとこはほんと見習いたいもので。そんなアカデミックで静かな部分もありつつ、ライヴでは踊りまくる、回りまくる、そんな動の部分もありで、益々はまっていくわたし。お嫁さんにしてくんないかな〜

ゴスペラーズ坂ツアー2005 “G10”
/ KRE
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院試のご褒美♪ツアー讃歌できなくてくやしー!歌い手としてだけではなく、エンターティナーとして素晴らしいゴスは、家族や仲間たちと同じくらい大切。
The world is echoed
FREETEMPO / インポート・ミュージック・サービス
ISBN : B00009XMMP
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踊り出したくなるようなキラキラな曲たち。
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by go-go-5s | 2005-08-31 16:42 | 音楽 | Trackback(1)

明日から。

九月。ああ〜〜もう夏も終わるんだな‥。院試終わってからというもの、家でうだうだダラダラ‥


間に合うのかー?論文。ぜんっぜん学校行ってないい〜‥目次も作ってないい〜‥調査計画もまだあ〜‥三日には東京に戻るということで。でも八日には合格発表、診察、カウンセリングと一週間はまた実家暮らしだし、落ち着いて取り組めるのは18日からなわけで‥。これは調査なんか行ってる場合ではなく、書き出さないといけないワケで、論文の題目も変わりそう‥
っていいのか!?そんなことして??しぇんしぇいゴメンナサイ(;_;)

今日もゴスのDVD観てしまった〜♪
“♪”じゃないよー!!こらあー!!でもねえ、ステキなんだもん‥しょうがないじゃん。
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by go-go-5s | 2005-08-31 15:38 | Trackback

思ひ出。

なんとなく今思い出してばかりいるのは、病気になる前の大学1、2、3年の頃。

初めてみんなとしゃべった時、かおりは「バイバイ。また明日ね」って言ってくれた。心細くて泣いてばっかりいたから、どんなに心強かったか‥。キャンパスは桜満開で、今思い出してもあの頃はすごく眩しい。
みんなとよく話した八王子の学食。社会問題、かおりのバイト話、かおるのキヨシの話、私の渡辺君の話、一人暮らしって大変だよねー、テレビの話、私はいっつもしゃべってばっか。かんなはいつもそれを聞いてくれて。ユキちゃんとかおりとはいっつも下ネタばっか話したね。
それから、よく授業受けた三号館。渡辺君の横顔を探したっけね〜。環境コースは男の子も女の子もみんなかたまって授業受けてたよね。タケちゃんとまっつんのバースデイもやったね。
それから、うちでよくキムチ鍋やったね。暑くても寒くてもうちらはいつもキムチ鍋。ユキちゃんが素を入れすぎて激辛になったり。うどんかごはんで対立したり。
びっくり誕生会もやってくれた。その日は誰も私の誕生日に触れてくんなくて、寂しかったあ‥。そしたらいきなりみんなが来るんだもん!うれし泣きでマスカラ落ちた私の写真はまだ部屋に飾ってあるよ。
お泊まり会もたくさんやったねー。部屋いっぱいに敷いた布団に、一人暮らしの私は嬉しくて嬉しくて、なかなかみんなを寝かせなかったね。
それから、彩ちゃんは家が近かったから、ほんっとよーく遊んだよね。ファミレス、カラオケオール、ビデオ鑑賞会‥いっぱい泣いて、でもそれ以上に笑った。設計の課題も二人で励まし合ってやったね。恋愛も学校もいつも一緒に悩んでたね。学校に9時くらいまで残ってチンプイとか東に話聞いてもらったり。九号館で八王子のしょっぼい夜景も見たね。あれはうちらだけの景色だよね。


それからそれから‥言い出したらキリがなくなる。もしも叶うんだったら、またみんなと並んで授業受けたいよ。今思い出せば、どんな大切なヒトトキだったかわかるのにね。
後悔とは無縁だったあの頃に、今の自分を知っていれたら、もっと色んなものを大切にできた。もうあの時には戻れないけど、その分生きている「今」を私は大切にして、今は二度と戻れないから。
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by go-go-5s | 2005-08-29 13:59 | Trackback

夏の終わり。

四月。実家生活が始まった。
病気が半年経っても治らなくて、でも復学しなきゃいけなくて‥不安とか焦りで親には当たってばっかり。自分を傷つけてばっかり。現実逃避とはこのことだと思いながら実家へ逃げ帰る。
健二君からいい病院を紹介してもらって、でもそんな健二君を私は心ない言葉で責めて、傷つけてしまって。よく覚えてないけど、きっと自分だけがかわいそうな人間ってまだ思ってたんだと思う。

新しい先生にかかるけど、先生を信頼できなかった。うまくいかなくて、ただイライラだけが募り、身近にいる親に当たって。それでも行き場なく、病院から帰って来て、台所でガッシャンガッシャン皿割ったりしてた‥。陶器集めが趣味のお母さんが集めて大切にしてた高価なものばかり。それでも何にも責めないで黙々と片付け手伝ってくれた。私は自分の幼稚さで、またイライラ、ミジメな気持ちになった。車の中で暴れたり、病院行く途中でおりたり‥ヒステリックになってた。

たくさん病気のことはなした。だいたい親は理解してくれない!の平行線で終わって。次の日仕事もあったのにね‥。
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by go-go-5s | 2005-08-29 13:22 | Trackback

サッカー部定例集会vol.2

後藤が西日本チャリンコの旅から帰還し、太宰府天満宮で買ってくれたお守りを受け取りに母校まで。2500キロかけて買って来たよ〜。私の体調をとても気にかけてくれてたみたいだ。原爆ドームとか丹下健三の平和祈念公園の写真を見せてもらった。長崎の写真も。んん、行きたい!っていう気持ちになった。戦争の話を聞いてみたいのもあるし、建築を見たいっていうのもあるし。

途中から卓哉君合流でサッカーした。やっぱサッカーはいい☆そしていつか地元に帰ってきたいよねってなった。ほんとほんと♫

気がつくと八月ももう終わり‥夏の思い出は、、受験。さみしーなあ‥。十月には論文提出しなきゃだし、来週中には東京に戻らないとだし。

また別のことしなきゃいけなくて、ゆーーっくりペースの私にはついていけないよー。今の実家生活になって五ヶ月。今更早足の東京で生活なんてできるんかな?また病気が悪さしてくれないことを祈る。慣れてしまった生活からしばし離れるっていうのはほんと私にとっては辛いこと。うーん。不安になってきた。
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by go-go-5s | 2005-08-27 20:33 | Trackback

櫻井君。

今日はチカラさんに借りていた教科書とノートを返しにいった。長谷川君に連れられて、二年生の課題「トミヒロ美術館」の模型を見る。やっぱり国立大学なのかみんなモチベーションが高い。こんなとこに来るようになったら大丈夫なのか?と自分が心配になる。
設計室別館に行き、櫻井君としゃべった。小泉研は志願者が20人くらいいるらしく、相当厳しいみたい‥。私は建築の形体とか空間の綺麗さにどうしても目がいってしまうけど、櫻井君はプログラム、ダイアグラムに興味を持つらしい。そこいらへんはシーラカンス好きっぽいな。建築家もよーく知っていて優秀。私は自分の好きな建築家ばっかりに偏っちゃうとこがあるから、まんべんなくみないとな〜。でもそうすると、自分のやりたいこととか意見がブレちゃうから、慎重に。ここでもモチベーションの違いを思い知ってまた少し凹む‥。
櫻井君のような人は東京に出て、もっとたくさんの刺激に触れて、そうすればきっとどんどん伸びる。どん欲である限り、可能性は無限であると思うから。私みたいに見失って潰される(潰れる)ことはないだろうし。田舎に留めておくのにはもったいない。
と思いつつ、ほんとにいい奴で、仲良くなったし、これからも仲間として高め合えそうだなーと思うと、いなくなるのは実に寂しいなあ‥。なんて考えてたらついつい長話になっちゃって、いやいや申し訳ない。ってここで謝っても仕方ないし‥。櫻井君が本命に合格したら、また新しいコネクションができるし、東京に行った時にでも話ができる、遊べる友達になれるかなあ。どっちにしろ新しい出会いがあるっていうのは嬉しいことだね☆
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by go-go-5s | 2005-08-26 19:46 | Trackback

大学院試最終回。

少し、いやかなり後腐れを残して、母の元に戻った。もうみんなと会うこともないのかな〜と思うと、会いたくなり、学校に戻る。

院生室で面接終わりのゴシ君と櫻井君と遭遇。ゴシ君とはまともに話してなかったから、面接のこと、自分が編入生とか、夏休みシーラカンスのオープンデスクに行った話とかした。それからいつもの勉強部屋に行くと、いつものメンバーが揃っていた。みんな気が抜けていて、やっと仲良くなれたのに、もう来ることはないのか、とか他大の院に行っちゃうんだと思うと、今までもっと話しておくんだったな〜と思った。

短い間だったけど、先輩や友達ができて、ここで受験勉強をしたこと、楽しい思い出、同行した調査、ゼミでの発表、劣等感をたーくさん感じて落ち込んで泣いて‥でもみんないい思い出だ。
そして、外部生である私に、アドバイスや資料をくださったり、楽しい記憶をもらった先輩たち。発表では厳しいことも言われたりしたけれど、こんな私に皆さん最初から本当に優しかった。四年生も私は外部なのに勉強スペースを作ってくれたり、出そうな場所のプリントをコピーさせてくれたり、励ましてくれたり‥本当にいい人たちと巡り逢えた。この出会いに私はものすごく感謝してる。不合格でも、忘れないで心に留めておきたい。

そして家族へ。両親へ。仕事も大変なのに、それも考えない私の不安や涙を受け止めて、精一杯前に向かせてくれた。受験まで背中を押してくれた。迎えに来てくれた車を見たとき、どんなに安心したか、どんなに励まされたか。この受験は一人じゃなくて、三人で乗り切ったものだよ。見えないところで涙を流してくれて、信じてくれてありがとう。親離れなんてしてると思ってたけど、できていない。情けないがますますできないと思った。だけど親子だもん。いつか必ず恩返しさせてよね。
そして兄二人。話下手の二人から電話が来たとき、兄弟愛を感じました。自慢の兄だよ。まだ到底追い越せそうにありません。

こんな人たち、書き切れないほどの人たちに支えられているんだと、確認できた。また別の人を私が支えられるようになって、そんなサイクルを築いていけたらいいと思う。そしてまた諦めそうになったとき、今を思い出して自分の生きる証を刻んでいこう。
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by go-go-5s | 2005-08-25 16:24 | 家族 | Trackback

大学院試4。

筆記試験は何も書けなくて当たり前だと思って受けた。だから正解不正解はまあ置いといて、空欄はあったけど一問一問に目を通して、回答できたこと、本当によかった。

あの除籍願を書いたとき、諦めないで良かったと心から思った。両親が信じてくれて、本当に良かったと思った。母がつくってくれたお弁当、久しぶりに食べた。ここでも私は一人じゃない。

筆記試験終了。両親にすぐメール。母からの返信と、もう一、二回しか見ることはできないだろう志望校の景色を交互にバスの中から眺めて、また泣きそうになった。

家へ帰ると、試験の出来のことは一切話さず、そのかわり試験を受けて来れたと、三人で喜び合った。この日は喜びもあったけど、次の日の面接試験のことを考えると、体は疲れてるのに、全然寝付けなくて、500mlのビールを二缶あけて寝る。口述試験のことを思い出して、すごく怖かった。

試験二日目。寝不足と軽い二日酔いで最悪の目覚め。胸にむかつきと頭にボーっとする感じを抱えて大学に乗り込む。

願書をフライング提出してしまった私はもちろんトップバッター。あんまり考える暇もなく、五階の面接室に誘導される。ここでもまた口述のことを思い出してしまう。何を言ってるのか自分でもわからないうちにあれよあれよと面接終了。どっちかってゆうと自分との戦いのペーパーとは違って、相手のいる面接。なかなか自分の思い通りとはいかず、後悔の残るものになった。
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by go-go-5s | 2005-08-25 15:48 | 家族 | Trackback

大学院試3。

そんな感じで、毎日何かしら泣いては、両親に助けてもらう、親なくして、私の院試はなかった。
両親と私の三人の中で、「受験会場に行って逃げずに試験を受けてくること」が目標になっていた。病気のせいにして、逃げ出したら、また同じことを繰り返してしまうから。

「できる範囲だけを精一杯やること」わかっているけど、当たり前だけど見失いがちなこと。範囲が全部終わらなくても、できることだけでいいんだからって言い聞かせて、その日の私ができることを背伸びしないで精一杯やった。

前日、また泣いた。今度は母とうれし泣き。頑張った、それだけで私の心には久しぶりの充実感があった。

筆記試験当日。仏壇にお参り。心の中で「この日を迎えさせてくれてありがとうございました」自然と心でつぶやいていた。笑顔で家を出て、笑顔で大学に入った。本当にここまで連れて来てくれたのは、一番に両親と先生。普通の健康体の人には大したことない一歩だけど、私は逃げることから一歩踏み出せた。初めて自分に自信が持てた気がした。
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by go-go-5s | 2005-08-24 01:53 | 家族 | Trackback

大学院試2。

とは言っても、自分の大学じゃないところに朝早いバスに片道二時間かけて通う道。私は朝が一番気持ちが落ち込む病気。本当に気が滅入った。朝起きて、気分が落ち込むのが怖くて、眠れなかったりした。でもバスに乗ってしまえば、と思って無理矢理バスに乗せた。

行ってしまえば不思議と腹をくくって勉強した。でも、レベルの差は歴然だし、一年間休んでた脳は動いてくれないし‥私ってダメだな‥何で大学院受けるなんて言ったんだろう?とも思ったけど落ち込んで、三日間も動けないなんて時間的な余裕は私になかったから、受験日まで我慢!と言い聞かせてとにかく打ち込んだ。場所が場所なだけに打ち込めたんだと思う。部屋とか市立図書館だとどうしても「落ち込む世界」に浸っちゃう習性があるから。

病院の日は家でやってて、得意だった英語が全然できなくて、落ち込んで泣いてから病院に行った。一時間でも集中できればと、病院が終わったらお母さんが大学まで送ってくれた。お父さんが迎えにきてくれた。

違う日には学校で全然構造が解けなくて、泣きながら仕事中のお母さんに電話。わからないなら誰かに来てもらいなさいって。わかったそうする、と言って切って、長谷川君に電話した。

受験二日前、図書館で勉強。気分が落ち込んで帰ってきて泣く。こうしてる時間も、兄ちゃんたちは頑張って働いてるんだ、私も頑張らなきゃ、と思ってユンケル飲んで、お父さんに送ってもらう。車の中で聴いた音楽にまた泣く。

誰より涙だけは流していたと思う。
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by go-go-5s | 2005-08-24 01:28 | 家族 | Trackback